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2011年3月21日月曜日

2011年3月11日から12日 〜東日本大震災を成田空港で被災した話〜




ここにチラッと書きましたが、その後〜オースティン到着までの話。

何もなければ、11日の午後5時10分の便に乗っているはずでした。

3月11日午後2時46分とその後の大きな揺れの後、空港スタッフから外への避難指示。
スーツケースとチャンゴは「置いてってください」とのことで外に放置し、

※これは、夜に引き取りに行ったときに撮ったもの

同僚2名(Tommy氏とAki氏)と空港脇の駐車場に一時避難。

午後3時半頃。



今思うと、この時が一番キツかった。

・このまま飛行機が飛ばなかったらどうしよう
・このままずっとここにいることになったらどうしよう
・ていうか寒い(オースティン行きに備え、薄着で来てた)


午後4時頃のツイート。



空港で働いている友だちAと、mixiボイスでやりとりしているウチに


・滑走路が一部割れている。


という情報も得た。

うむむ…先行き暗い…



そして「都内雨降ってるらしい」という情報。

マジでーorz


ふと思い立ち、親に電話。携帯は繋がらない。ダメ元で店の固定電話にかけた。



私:もしもし?オモニ?
相手:・・・
私:オモニ?アボジ?
相手:・・・ツーッツーッ



えええええええええ



店がグチャグチャで息絶ええてるんじゃないかとかあらぬ心配をしてまたかけたら、フツーにオモニが出た。



私:オモニー!
母:あらー!あなたどこにいるの?飛行機は?
私:まだ成田空港、飛行機どうなるかわからない。店は大丈夫??(焦って超早口)
母:んもー大変よぉ〜〜グラスとかいろいろ割れちゃって…冷蔵庫も壊れちゃって…水道管も破裂して…
私:えええええ(涙



店が営業できなくなったら我が家はどうなるのぉー(号泣

そうこうしているうちに、空港ターミナルの1Fが開放。

17時頃、一旦中へ。



身内と連絡とりつつ、ANAのカウンターで情報を仕入れつつ、トイレは50人待ち。プギャー。




そしてセルカン氏とも無事合流。

この時点で夜18時。成田空港にいたままじゃ、食料も調達できない、このままここで夜を明かすのか?どうするのか?と4人で協議していたら、overlast氏かnokuno氏のツイートで、成田空港にいたはずの彼らが夜ご飯を食べてることを察知。
(二人は前職の後輩。たまたまおなじタイミングで成田空港にいた)

これはDMのやりとり。

私:どうやって行くの?(行き方を知りたかった)
overlast:歩きで

ちがーう!行き方を知りたかったのー!と思いつつも、調べりゃいっか、と調べ、徒歩10分圏内ということがわかり、「こちらへどうぞ〜、ご飯食べれますよ」という言葉もあり、4人で移動することに。

そして午後7時頃。








実は前職時代はほとんど面識なくて、sobe2で会ったことはあるんだけどほとんど顔がわからなかった。
だから、まともに会話するのはこの時初めて。
でもなんかホッとしてねぇ。涙がこぼれた。

彼らと情報交換しつつ、私たち4人は運良くまともなご飯を食べることができた。

夜9時。成田空港のサイトより、私たちが乗る予定の便が「欠航」扱いになったことが判明。





代わりの便は?どうなるのか?
羽田発でもいいし、ヒューストン経由じゃなくてもいいし、代わりの可能性を会社の上層部が調べてくれつつ、こちらは二手に別れ、私たちは一旦情報収集しに成田空港へ。
22時頃。










Aki氏とSerkan氏はすでにチェックイン済みで荷物も預けっぱなしだったんだけど、南ウィングが封鎖されているおかげで荷物は"ある意味"無事な状態。

結局、空港スタッフとしては「各航空会社に問い合わせて」というスタンス、コンチのスタッフには会えず、明朝電話するしかないか…


で、たまたま、上に書いた人とは別の、成田空港で働く友だちB(バイト時代の先輩)と感動の再会。




いつどうなっても(代わりの便が飛ぶ…などの情報を得られるよう)いいように、成田空港で夜を明かすか…という時に、Tommy氏が成田エアポートレストハウスで部屋をゲットしてくれたので、一旦ホテルへ。

コンチのサイトによると、私たちが乗る予定の便が12日に振り替えになるっぽい。
臨時便に期待しつつ、寝ようとするが…
朝4時頃。




何度もやってくる余震で、正直いろいろ考えてしまい眠れない。
部屋には風呂もあるけど、風呂入る気分でもないし、もしまた大きな地震が来たら…と思うと、着替える気にもならかった。

ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
ホテルで朝食。




アンドロメダ!?
地震以降、初めて笑った気がする。


ちなみに早朝の段階で、コンチのサイトでも、私たちの便が欠航扱いに。
自分たちが行けなかったとしてもSXSW用に作った名刺、ステッカー、Tシャツをなんとか送れないか…といろいろ調べたりしていたら…




もしかして、臨時便が出るんじゃないか?という望みが少しずつ湧いてきた。

10時頃、コンチの国内の番号と、海外の番号にダメ元で電話。
ずっと繋がらなかったけど、30分くらい粘ったら、国内のコンチにつながった。




ちなみに、コンチの人と会話中に、携帯の電波が切れた。
同時進行でTommy氏が空港カウンターにいたので、振り替えの最終確認をTommy氏がしてくれ、
ヒューストンまでは確実に行けることが判明。

神様殿様仏様…(号泣)

がしかし!
セルカン氏、突発性難聴で左耳が聞こえないことが判明。
長時間のフライトで悪化するリスクもある…

何はともあれ医者に行った方がいいってことで、セルカン氏は空港の病院へ。
(その後、空港には耳鼻科の医者がいなくて別の病院に行くことになったが)

結局、Tommy氏とAki氏と三人でヒューストンに(まではなんとか)行くことに。


12時頃と13時ちょい前。







そして飛行機が無事飛び立った…のですが。


すんげー揺れる!マジ揺れる!つーか怖い!無理!


地震の恐怖が蘇り、前夜テレビで見たニュースを思い出し、日本はどうなってしまうんだろう、店は大丈夫か?とかいろいろ考えてたら涙が止まらず、声を殺して泣いた。えぇ泣いたさ。
精神的にきてたのが一気に吹き出した。
こんなに泣いたのいつぶり?っていうくらい泣いた。ずっと泣いてた。
そのまま過呼吸起こしかねなかったけど、隣のアメリカンの女性が、私の異変に気づき声をかけてくれた。
「ヒューストンに住んでるの?」「家は日本です。仕事なんです」「大丈夫?」「大丈夫」「私の旦那が空港に迎えに来てくれるから、アナタの行きたいところまで乗せてってあげるわよ」「ありがとう…あっ、私、一人じゃなくて会社の同僚といるんです。大丈夫。ありがとう」

(私の英語は相当怪しいので、意訳)


ありがたくてまた泣いた。
なんでみんなこんな優しいんだろう。


とまぁしこたま泣いて、Aki氏とTommy氏にめっさ心配かけつつも、字幕ナシのバーレスクを見てちょっとテンション上げて、寝ようと思ってお酒ガンガン飲んだけど一睡もできないまま、無事ヒューストンに到着。





着いた…やっと着いた…アメリカ…!!!

がしかし…確保できているフライトは翌日(13日)の朝…
現地時間12日の夜に予定しているパーティに間に合わない…

Aki氏がネットでコンチのフライトを調べたら、たまたまオースティン行きの便で、14:30発の便が3席空いてることが判明。ソッコー予約。

なんとか現地時間の16時頃、オースティンに着いたのでした…




長い道のりでした。
心配してくれた方々、電話やメールやD、本当にありがとうございました。

もう泣いてる場合じゃない。こっちでやることがあるんだ。



現地でいろんな人から「大丈夫?」と声かけられるたびに泣いてたんだけどね。

先に現地入りしていたyositosiに「康さんホントに大丈夫?」と心配されるくらい、泣いた。
そんなオースティンでの話はまた別途。




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