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2014年3月7日金曜日

「日本ではフィリピンに対するイメージはあまりよくない、それでも…」ユナイテッドの海外事業としてフィリピンで起業した、ADerLに行ってきた(その2)

     





クロスコープに入居する企業の中に、ユナイテッドの子会社「ADerL(アドエル)」がある。
ユナイテッドと言えば、累計2,000万DLのきせかえアプリ「CocoPPa」で有名な会社。
その子会社がなぜフィリピンに?どんなサービスを展開しているのか?

何気にちゃんと話を聞いたことがなかったので、クロスコープのADerLに行ってきたのでした。




「日本では、フィリピンに対するイメージはあまりよくない」それでもフィリピンに来た。


本名、若林パトリック佑治。日比のハーフ。
フィリピンはケソン市で育ち、その後アメリカ生活を経て、高校生の時に日本に。青山学院大学を卒業後にインタースパイア(当時)に入社。社内ビジコンを経てフィリピンでADerLを起業し、DreamGiverというサービスを立ち上げて今に至る。


爽やかに笑う、CEOのパトリック。




DreamGiverのトップページ

まずは起業までの経緯について、Q&A形式でお話を伺いました。


− インタースパイアに入社したキッカケは?

パトリック:
大学生の頃…なので当時2006年とか07年ですね、当時はダンスを真剣にやっていて、それで食べていけるようになりたいとまで考えていたんですけど、結局あきらめて。
将来何がしたいか?と思った時、電車の中でみんながmixiを使っていて「日記見た?」が挨拶代わりだったし、モバゲーも超やっていました。なので肌感で「モバイルがヤバい!」と思うようになりました。次第に、自分はダンスを諦めたけどダンサーを支援できるメディアを作ればいいんじゃないか、モバイルで、と考えるようになりました。ですから、就活しているときも「モバイル領域で」と決めていました。

僕たちは「好きなことを諦めなきゃいけない世代」だと思っていて、でもそれをなくしたい。
メディアなどで発信していくことで、自分の夢のために生きる人の応援がしたい。

そういう思いで就職活動をした結果、インタースパイアに縁があって入社することになりました。


− 入社後はどんなお仕事に?

パトリック:
恥ずかしいんですけど…上司から、言葉遣いやメールの書き方を習うところから始まりました。というのは半分冗談ですが(笑)
アドネットワークのオペレーションを試行錯誤したり、メディアのリクルーティングや開発のディレクションもやりましたし、スマホの普及と共に自社商品をゼロから作って営業したりもしました。


− フィリピンに来ることになったキッカケは?

パトリック:
社内のビジコンで認められ、初の社内ベンチャー・海外展開を担うことになりました。と言っても、どこの国で、どういったサービスを、というのはゼロから。何しろ実績がないので。
2012年の夏にAD Techに行くことになり、開催地のシンガポールや、せっかくなので東南アジアの各国に視察に行きました。

シンガポールは…
ハブとしてはいいけど、市場がなさそうだなぁと思ったのと、先進国だからか…日本と変わらない気がして、ワクワクしなかったんですよね。

次にフィリピン。
ものすごく久々にフィリピンを眺めて、思いもよらない戸惑いがありました。子供の頃に当たり前に見ていたはずの景色が、日本に長年住んだ僕には当たり前でなくなっていて、この差はなんなんだ、ととても辛くなったんです。自分のルーツがある国なのに、複雑な気持ちが芽生えました。

フィリピンでのスケジュールをこなし、複雑な思いを抱えた矢先に行ったインドネシア・ジャカルタで、今度は壁にぶち当たったんです。タクシーに乗っても英語が通じないし、レストランでは食べたいものが注文できない。インドネシアは人口が2億人以上いることもあって事業のポテンシャルを感じていたし、今までは英語ができるからどこの国に行っても怖いものなしだと思っていたのに、ここでは心で通じ合えない、と思いました。

自分で、人を雇って、ビジネスするなら、「人」が一番大事なのに…
これはその後に訪問予定のタイやベトナムでも同じじゃないか、と感じました。

その反動なのか…
フィリピンに向き合ってみたんですよ。
日本にいた時、「日本ではフィリピンに対するイメージはあまりよくない」というのは肌で感じていましたし、こんなところでビジネスするワケがないと思っていたんですが、やはり自分のルーツもある訳だし、いい機会だったのでちょっとフィリピンに向き合ってみたんです。

インターネットビジネスのポテンシャルと、英語のポテンシャル。
英語が話せるから、フィリピンの人材は世界で働ける。英語圏なら僕らは攻められるんじゃないか。

その上で自分の強みや生きる道、何をやりたいのかと考えて考えて…ひたすら考えたら、
やっぱり自分はフィリピンにルーツがあって、タガログ語がしゃべれる。
ここでビジネス立ち上げて、雇用を作って、フィリピンと日本の架け橋になりたい。

そう思って、焦点をフィリピンに絞りました。
実際こちらに来たのは2013年の1月です。もう1年経つんですね…あっという間でした。

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前振りの「ADerLに行ってきた」話
前編:「日本ではフィリピンに対するイメージはあまりよくない、それでも…」
中編:「フィリピン育ちでタガログ語をしゃべれても、会社の立ち上げは予想通りに進まない」
後編:「夢を実現させるためには、努力しなきゃいけない」





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